「最後」
夢を見ると現実になる。
こういうのを正夢とかって言うんだったか。
それを知ったのはいくつの時だったんだろう。
だけど、私にとって夢はお告げだった。
夢で見たことは、
必ず起こることだったから。
家族が巫女とか神官の血を引いてるかって言ったら、
そんな話は聞いたことがない。
ずっと昔にはそんなこともあったかもしれないけど、
そんな血が色濃く残ってると思えない。
それに、血なんかで左右されることでもないと思う。
物心ついたときには、私の夢は必ず現実になっていた。
夢とはそういうものだと、幼いながらに思っていた。
だけど、私が夢の話をして、それが現実になるたびに、
母も父もいい顔をしなかった気がする。
だから、私は夢を見てもその話はしないようになっていた。
それが私の中のルールになってた。
ある日私の狩っている犬が、道を歩いている夢を見た。
コロンという名前で、雑種だったけどくりくりの真っ黒な瞳がすごくかわいい犬。
あれは近くの公園だ。
いつもの散歩道だけど、コロンはひとりで歩いている。
首輪からたれた鎖がしゃらしゃら音を立ててコロンの後をついていく。
つないでた鎖が外れたみたいだ。
鼻を道路にくっつけるようにして、道の端っこを、
花壇の横を、
コロンが歩いていく。
やがて大通りが見えてくる。
コロンが歩いていく。
コロンが歩いていく。
道にさしかかる。
コロンは顔を上げない。
上げない。
大きな車が、ひどい音を立てて走ってくる。
キキィーー。
耳をつんざかれた気がした。
そこで、飛び起きた。
汗が首筋をつたっていく。
背中がじっとりぬれている。
息があがって、
酸欠の金魚みたいにぱくぱくした。
ベットを飛び降りて、
庭を見下ろした。
犬小屋の赤い屋根が見えるけど、
コロンの姿はもうない。
私は急いで服をひっかけると、
家を飛び出した。
母の声が後ろから聞こえてきたけど、
何て言ってるかわからなかった。
公園はすぐそこだ。
走れば、間に合うかもしれない。
間に合ったら、助けられるんじゃないか。
今まで現実になったことは、花瓶が割れたとか、おばあちゃんが転んだとか、
そんなものだったけど。
今回は違う。
あれは、怪我とかそんなんですむものじゃなくて。
コロンが鼻をよせていた花壇を通り越す。大通りはこの先で…。
キキィーー。
耳をつんざく音。
何かにぶい衝撃音がそれに混じって、かすかに尾を引いた音はすぐ空気に溶けた。
あとは静かだった。
私は、息を止めていたのにも気づかなかった。
息をはくのと同時に、とまっていた足が跳ね上がるように前に出た。
走った。
大通りはちょっとした人だかり。
大きな車はどういうわけかどこにも見えなかった。
無言で人を跳ね除けて、真ん中に行く。
目の前に、コロンの姿が見えた。
…正確に言うと、それがコロンとわかったのは、夢のおかげだった。
「鎖が外れてたのね。」
母はちょっと言いにくそうにそう言った。
昨日散歩に行ったのは母だ。
鎖をちゃんととめなかったんだろう。
それなのに、人事みたいで、私は愕然とした。
「一人でどこか行っちゃうなんて…」
人事のセリフはまだ続く。
私は頭がぐらぐらするくらいの怒りを覚えた。
コロンは保健所の人が連れて行った。
大きな車は結局見つからなかった。
逃げたんだ。
許せなかった。
ひどいあつかいだ。
警察も、コロンが人じゃないからって、軽くあしらうだけだった。
ベットにうずくまって、私は涙していた。
ふとんがぐしょぐしょになっていて、
だけど涙はまだとまらない。
夢に見なかったら、
夢が現実なんかにならなかったら、
こんなふうに思わなかったかもしれない。
なんでだろう。
なんで私は夢を見るんだろう?
…。
いつのまにか寝ていたみたいだ。
夢を見たんだ。
家にガスが充満していて、ものすごく臭い。
私はベットの上で、体を起こしていた。
その顔は、恐怖でゆがんでいた。
もしかしたら臭いからそんな顔してるのかなってくらい、
ゆがんだ表情だ。
なんでか、それが少しおかしかった。
やがて、目の前があっというまに明るくなった。
最後に見えたのは、きれいな青い炎だった。
まるでスローモーションみたいに見えた。
私に、向かってくるのがわかる。
フラッシュみたいに眼の奥に光が刺さって、
眼が覚めた。
私は、体を起こした。
鼻をつく、ガスの臭い。
あぁ、私、今どんな顔してるんだろう?
きっと、ゆがんだ顔なんだろう。
それが私の、最後の夢だった。
それが私の、最後だったから。